欧米の文献によれば、第二次大戦中に戦闘機、戦車等の内燃機関より排出する一酸化炭素を、検知管に類する器具によって測定した記録がある。
我が国における検知管法の歴史は、1946年(昭和21年)当時の商工省東京工業試験所(現経産省産業技術総合研究所)における北川徹三博士の研究にはじまる。
当時、食糧増産にかかる稲作肥料の硫安増産が工業界の最優先事業であった。硫安原料のアンモニアは高純度水素を必要としていたが、不純物として硫化水素の混入を避けることができず、脱硫器の効率測定のために、硫化水素濃度の測定を欠かすことができなかった。ここに、現場測定に適した、工程管理簡易分析法の要求が高まった。
北川博士は、新しい分析法に要求される機能を下記三点に集約して研究を開始した。
(1) 高精度で、即時に定量が可能である。
(2) 小型軽量で、現場に携行できる。
(3) 操作が容易で、熟練を必要としない。
これらの難問を解決するために、乾式法にて化学反応を活用する検知管法の基本原理が着想された。基本的な構造は現在と同じく、固体粒状物質(シリカゲル等)の表面にガスと反応する薬剤を吸着させてガス検知剤を作成し、これをガラス細管に充填したもので、この管にガスを通気すると、通気方向に反応着色層が伸張するものである。
このようにして開発された硫化水素検知管は、アンモニア合成工場で現場実験が繰り返され、性能が確認されていった。
その後入手可能となった外国文献によって、過去の研究状況を知ることができたが、前記欧米における研究報告を含め、実用化された数例においても、これほどの高水準の性能を有する検知管は諸外国にも存在しなかった。
硫化水素検知管の成功に続いて、アンモニア、燐化水素、二酸化硫黄等工程管理、品質管理の検知管が開発された。
これらの検知管は、1947年(昭和22年)設立された当光明理化学工業株式会社によって工業化され、北川式検知管として生産供給されるようになり、次第に浸透していった。
1949年(昭和24年)横浜国立大学教授となった北川博士が、安全工学研究の研究室を設置した後には、小林義隆、小川忠彦両博士が開発に加わり、検知管は急速にその種類を増していった。
当社設立当初、年間数千本であった検知管の生産量も、1950年代後半には百万本を超える急増をしたが、普及の兆候が顕著となった1956年(昭和31年)検知管法の発明とその実績に対し、権威ある大河内記念技術賞が授与された。
北川式検知管は1950年(昭和25年)頃より次第に諸外国でも知られるようになり、1959年(昭和34年)米国、ピッツバーグ市で開催された国際鉱山保安研究所長会議における北川博士の講演によって、高性能な検知管として注目された。
以降、世界各地に急速に普及し、“Kitagawa”は、検知管の代名詞であるほどに一般化した呼び名となったほどである。
当初、工程管理、品質管理用として使用された検知管法は、1948年(昭和23年)炭鉱内の一酸化炭素測定用検知管の開発を機に労働衛生の分野に急速に普及していった。その背景として、1947年(昭和22年)に設置された労働省が主務機関となって、新たに制定された労働安全衛生規則(後の労働安全衛生法)が施行されたが、その際、行政指導用の測定具として、北川式検知管が採用されたことが特筆される。
ベンゼンに代表される石油化学誘導品による中毒防止を目的として有機溶剤中毒予防規則(1960年(昭和35年))に制定されてから、検知管の種類も急増し、この年を中心に40種類が追加され総数90種類となった。
その後、1988年(昭和63年)労働安全衛生法ならびに関係法令の改正により、作業環境測定に使用される検知管の種類が大幅に増加し、混合溶剤の測定にも検知管を用いることもできるようになった。
検知管は、精度良く校正され、目盛り付けされていることから、現場での感度調整などを必要としない。この特長が評価されて、各省庁の行政上の標準法として使用されている検知管は数多い。特異な検知管として、「温泉法」による酸性泉浴室内中毒防止用硫化水素検知管、「道路交通法」にもとづく飲酒運転防止法を目的とした検知管を標準法としており、社会的要請に適合した検知管の活用という意味で重要な意義をもつ。
近年、大気環境、住環境における空気の質の管理が叫ばれており、測定対象となる濃度はさらに低濃度化している。たとえば、住宅の居室における新建材、糊剤から揮発するホルムアルデヒドによるアレルギーを予防する濃度レベルは0.08ppm以下とされており、このように低濃度の測定用途に適合する検知管も開発され実用化されている。
以上述べたように、検知管は時代の要求に適合する機能を漸次付加することにより、発売以来半世紀を超える長寿命の測定法として継続的に活用されている。
北川式検知管法は、測定対象物質として空気中の有害物質のほか、液体に溶解したガス、溶液中のイオンを測定する検知管も開発されている。
現在生産されている検知管の種類は400種類を超え年々増加しており、使用されている分野も一層の広がりを見せている。